更新日:2008年2月1日
青葉台二丁目周辺は、別名西郷山とも呼ばれている。それは、明治の初めに西郷隆盛の弟従道(じゅうどう)が付近の地形を生かした広い庭園を造り、立派な建物を構えていたからである。

明治村に保存されている西洋館
兄隆盛のために購入
このあたりは、江戸時代、「荒城の月」で知られる豊後(今の大分県)の岡(竹田)城主、中川
明治天皇も来邸
その後、2万坪に及ぶこの屋敷は、明治維新のとき征韓論を主張して破れ、下野した兄隆盛のために、
西郷
西南の役(明治10年)で隆盛が自刃した後は、この地を自らの別邸とした。
明治天皇も来邸
洋館・書院造りの和館などを配置した回遊式の庭園は、東京一の名庭園といわれ、名士が訪れることも多かった。特に、従道が海軍大臣であった明治22年には、明治天皇の行幸や、皇后・皇太后の行啓があった。天皇は、庭園での大相撲や薩摩踊りを、また皇后は、当時従道が後援していた養蚕技術の改良成果の展示を熱心に観覧したと伝えられる。
邸内には、養蚕所のほか農園・果樹園もあり、機織りやトマトソースの製造・缶詰加工も行われていたという

行幸の碑
耐震性を考えた西洋館
広々とした芝生や、
西洋館は、鹿鳴館をしのばせる本格的なヨーロッパ様式で建てられ、暖炉・錠前のほか建具類はほとんどフランス直輸入の品を使用した。また、屋根は
跡地は公共施設に
現在は西郷山公園・菅刈公園として整備され、新たな憩いの場となっている。
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