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〒153-8573 東京都目黒区上目黒二丁目19番15号 電話 03-3715-1111(代表)案内図


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歴史を訪ねて 歴史年表 1923年から1947年

更新日:2013年10月1日

1923年から1947年の年表
西暦 年号 目黒地域のできごと 関連事項・参考
1923年 大正12年 ・東京高等工業学校(現、東工大)大岡山に移転
・世田谷警察署目黒分署設置
・目黒蒲田電鉄、目黒から蒲田間開通
・世田谷村、町制を施行
・関東大震災、死者9万人・不明者4万人
1923年 大正12年 ・碑衾村、玉川上水株式会社から給水開始  
1925年 大正14年 ・油面小学校開校、以後小学校の設置つづく
・目黒郵便局設置
・世田谷警察署目黒分署、目黒警察署に昇格
・目黒町、渋谷町営上水道を引く
・治安維持法公布
・愛宕山からラジオ放送開始
・駒沢村、町制を施行
・多摩川園開園
1926年 大正15年
昭和1年
新規ウインドウで開きます。・東山貝塚発見 ・東京府立美術館開館
・大正天皇逝去、昭和と改元
1927年 昭和2年 ・碑衾村、町制を施行 ・玉電、恵比寿から中目黒間開通
・東横電鉄、渋谷から丸子多摩川間開通
・上野から浅草間、地下鉄開通(運賃10銭)
昭和2年 新規ウインドウで開きます。・目黒火薬製造所、区外へ移転 ・玉電、恵比寿から中目黒間開通
・東横電鉄、渋谷から丸子多摩川間開通
・上野から浅草間、地下鉄開通(運賃10銭)
昭和2年 ・中目黒にアメリカンスクール開校
・ガスタンク竣工
・玉電、恵比寿から中目黒間開通
・東横電鉄、渋谷から丸子多摩川間開通
・上野から浅草間、地下鉄開通(運賃10銭)
1928年 昭和3年 ・目黒町人口55,839人、碑衾町人口30,277人 ・第1回普選実施
1929年 昭和4年 ・青山師範学校(現、学芸大)移転開校
・東京工業大学設置(高等工業が昇格)
・最初の普選町会議員選挙
・武蔵小山から上野毛間、乗合自動車開通
・日比谷公会堂落成
昭和4年 新規ウインドウで開きます。・ 旧前田侯爵邸ができる ・武蔵小山から上野毛間、乗合自動車開通
・日比谷公会堂落成
1930年 昭和5年 ・農業人口、目黒町3.3パーセント・碑衾町18.2パーセントに減少  
1931年 昭和6年 ・失業者組織、目黒従業員会結成
・城南消費組合、目黒町・天現寺あたりで活動
 
1932年 昭和7年 新規ウインドウで開きます。・第1回日本ダービー、目黒競馬場で開催。優勝馬ワカタカ ・東横線全線開通
・東京市、隣接5郡82町村を合併し20区を新設、35区となる。人口は497万人を数え、世界第2位の大東京市を形成
昭和7年 ・東京府立高等学校(旧、都立大)、赤坂山王から柿ノ木坂に移転 ・東横線全線開通
・東京市、隣接5郡82町村を合併し20区を新設、35区となる。人口は497万人を数え、世界第2位の大東京市を形成
昭和7年 新規ウインドウで開きます。・目黒町・碑衾町合併、東京市目黒区誕生、初代区長に千葉胤次氏就任 ・東横線全線開通
・東京市、隣接5郡82町村を合併し20区を新設、35区となる。人口は497万人を数え、世界第2位の大東京市を形成
昭和7年 ・警視庁直属目黒消防署設置
・第1・2方面委員(現、民生委員)設置
・東横線全線開通
・東京市、隣接5郡82町村を合併し20区を新設、35区となる。人口は497万人を数え、世界第2位の大東京市を形成
昭和7年 新規ウインドウで開きます。・碑文谷池・清水池の両池畔が東京市立公園となる ・東横線全線開通
・東京市、隣接5郡82町村を合併し20区を新設、35区となる。人口は497万人を数え、世界第2位の大東京市を形成
1933年 昭和8年 新規ウインドウで開きます。・目黒競馬場、府中へ移転 ・東京音頭大流行・国際連盟脱退
1934年 昭和9年 ・目黒公益質屋開設
・目黒区町会連合会結成
・東京市、玉川水道を買収
・渋谷に百貨店開店
1935年 昭和10年 ・第一高等学校、駒場に移転 ・東京市中央卸売市場開設
1936年 昭和11年 ・日本民芸館開館
・目黒区役所庁舎完成
・田園読売スタンド(元、田園コロシアム)開場
1938年 昭和13年 ・碑文谷警察署設置
・市水道事業部目黒営業所設置
・国家総動員法・国民健康保険法公布
1939年 昭和14年 新規ウインドウで開きます。・目黒川改修工事完成 ・第2次世界大戦始まる
1942年 昭和17年 ・「慰廃園」廃止
・世帯数47,519世帯・人口213,863人
 
1943年 昭和18年   ・府・市行政の一元化を理由に都制を実施
1944年 昭和19年 ・目黒区でも強制疎開始まる
・区立国民学校児童、福島県・山梨県へ集団疎開
・B29、東京空襲開始
1945年 昭和20年 新規ウインドウで開きます。・目黒にも空襲、敗戦までの被害、死者291人、全焼家屋26,095戸、罹災者103,425人を記録 ・東京下町に大空襲、死者十数万人
・広島・長崎に原爆
・戦争終結、戦没者300万人
・マッカーサー元帥、5大改革を指令
昭和20年 ・区内の人口7万余に減少
・区内疎開児童ほとんど帰京
・東京下町に大空襲、死者十数万人
・広島・長崎に原爆
・戦争終結、戦没者300万人
・マッカーサー元帥、5大改革を指令
1946年 昭和21年 ・区条例・規制の制定権、課税権、起債権が認められる。区会の権限、市に準じて拡充。区民の直接請求権確立。「区長公選制」実現 ・世田谷で米よこせ大会
・日本国憲法公布
1947年 昭和22年 ・公選区長に広瀬俊吉氏が就任・出張所を12か所設置 ・義務教育6・3制実施
・東京都22区制実施、のち23区制へ
・地方自治法公布

お問合せ

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