更新日:2008年2月16日
寒い夜はコタツで、ホクホクの焼きイモなんていうのもいいもの。焼きイモと言えばサツマイモだが、郷愁をそそられるかたも多い反面、戦中、戦後の食糧難を思い出してどうも、というかたもおられるかも知れない。あの香ばしさをふりまきながら売り歩く焼きイモ屋さんを見かけることもとんと少なくなってきた。
そのサツマイモ、名前のとおり、今から390年ほど前、江戸時代のはじめに、琉球を経てわが国に伝わり、鹿児島県坊ノ津で初めて栽培されている。初めのころは、「
目黒と青木昆陽
サツマイモの普及に努め、栽培奨励を幕府の政策に乗せたのが
青木昆陽は、江戸日本橋に生まれ、幼い頃からの学問好きであった。享保4年(1719年)に京に上り、儒者伊藤東涯に学んだ。昆陽が甘藷のことを知ったのは、この頃だったといわれている。その後、江戸に帰った昆陽は私塾を開いていたが、町奉行大岡忠相に推挙され、以降、幕府に仕えた。
享保17年(1732年)に「天下飢饉、
昆陽は早速種芋を取寄せ、小石川御薬園(現:文京区白山東京大学附属小石川植物園)で試作を始めた。1度は失敗したものの、2度目に良好な結果を得ることに成功した。ここで採れた芋は種芋として各地に配られ、
昆陽は晩年、現在の大鳥神社の付近に別邸を構えた。現存する墓は、遠く富士山を望む景勝の地目黒を好んだ彼が生前から居宅の南に建て、自ら「

甘藷先生墓
甘藷まつり
この「
また、境内には

いつもにぎわう甘藷まつり
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