目黒という地名の由来については、鎌倉以前からこの辺りを治めていた豪族の目黒氏に行きあたりますが、豪族は一般に居住地の地名を氏名とするので、「めぐろ」は地名でもあったと考えられます。
駒場の他にも、駒沢、上馬、下馬など馬に関係する地名が周辺に残っていますが、昔、この辺りは馬の牧場が多く、目黒氏はその管理者だったのではないかと推察されます。 馬畔(めぐろ)説
「め」は駿馬の「め」を、「くろ」は畔(あぜ)を指し牧場の周囲のあぜ道の意味で、管理者はその中を縄張りとしていたので、すなわち馬畔という音から生まれたという説。 地形説
「め」は窪地または谷を、「くろ」は嶺(みね)を意味し、起伏の多い地形を表す「め」と「くろ」という音が結合して、地名となったという説。 馬の毛色説
「驪(くろ)」は黒毛の馬のことで、「愛(め)」はかわいい、とか優れるという意味で、優れた馬がたくさんいたため「愛驪(めぐろ)」が地名となり、目黒に転化したという説。 |