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文化財めぐり(目黒不動付近コース)

更新日:2013年9月25日

文化財めぐりは、2時間から3時間かけて目黒区内の文化財を見学して歩きます。平成22年11月7日(日曜日)に実施した文化財めぐりのコースを紹介します。

文化財めぐり(目黒不動付近コース)の行程

出発

9時30分 目黒不動尊めぐろふどうそん出発

見学場所

  • 目黒競馬場跡
  • 瀧泉寺りゅうせんじ目黒不動尊めぐろふどうそん
  • 成就院じょうじゅいん
  • 五百羅漢寺ごひゃくらかんじ
  • 海福寺かいふくじ
  • 蟠龍寺ばんりゅうじ
  • 大聖院だいしょういん
  • 大鳥神社おおとりじんじゃ

解散

12時 大鳥神社おおとりじんじゃ解散

文化財めぐり(目黒不動付近コース)の概要

目黒不動尊めぐろふどうそんとその付近は、目黒区内でも寺社が集中し、見所の多い場所です。前半は目黒不動尊めぐろふどうそんの西側の住宅地を歩きます。羅漢寺川らかんじがわ入谷川いりやがわの川筋をたどり、目黒競馬場の輪郭が残る道をめぐります。

後半は寺社をめぐります。目黒不動尊ふどうそんは古くより霊場れいじょうとして知られ、江戸時代には行楽地としても大変に賑わいました。

五百羅漢寺ごひゃくらかんじは明治41年(1908年)に本所から、海福寺かいふくじは明治43年(1910年)に深川から移転してきました。

さらに、蟠龍寺ばんりゅうじ大聖院だいしょういんをめぐり、大鳥神社おおとりじんじゃで解散します。

大鳥神社おおとりじんじゃには、毎年11月のとりの日に「酉の市とりのいち」がたち、縁起物の熊手を商う露店が立ち並び賑わいます。文化財めぐりの日は、一のとりで賑わっていました。

文化財めぐり(目黒不動付近コース)の見学場所の解説

1 目黒競馬場跡

下目黒四丁目・五丁目のあたりには、かつて目黒競馬場がありました。第1回の競馬は明治40年(1907年)12月に、4日にわたって開催されました。昭和7年(1932年)には、第一回日本ダービーが盛大に開催されましたが、周辺の宅地化や地代の上昇などにより、第二回日本ダービーを最後に現在の東京競馬場である府中市へ移転しました。

現在、下目黒四丁目の住宅地の道に丸くカーブした競馬場の輪郭が残るほか、バスの停留所名や記念碑が当地の歴史を伝えています。

2 羅漢寺川らかんじがわ

羅漢寺川らかんじがわは目黒川の支流の一つで、目黒本町めぐろほんちょう図書館(目黒区目黒本町めぐろほんちょう二丁目1番)の近くを水源としています。

品川区との境の小山台公園の下、林試の森公園りんしのもりこうえんの北、目黒不動の門前、羅漢寺らかんじの前を流れて、目黒雅叙園めぐろがじょえん向かいの下目黒二丁目8番付近で目黒川に注ぎます。羅漢寺らかんじは明治41年(1908年)に深川から現在地に移転してきたので、それ以前は川の名称はなかったものと思われます。

現在では、水源から目黒川合流点まで全て暗渠あんきょとなっています。この川にはさらに入谷川いりやがわ六畝川ろくせがわ、林試の森の中央部を北に流れる川など、いくつかの支流があります。

3 瀧泉寺(目黒不動尊)りゅうせんじ めぐろふどうそん(目黒区下目黒三丁目20番26号)

大同だいどう3年(808年)に慈覚大師(円仁)じかくだいし えんにんが開いたと伝えられています。近世には幕府の保護などで53棟に及ぶ大伽藍を形成し、歴代将軍から江戸庶民にいたるまで幅広く信仰を集め、門前町も繁栄しました。

前不動堂(まえふどうどう)(都指定文化財)、勢至堂(せいしどう)(区指定文化財)は江戸期の建造物で、当時の仏堂建築ぶつどうけんちくの姿を今日に伝えています。

そのほか、銅造役の行者倚像(どうぞうえんのぎょうじゃいぞう)(区指定文化財)、銅造大日如来坐像(どうぞうだいにちにょらいざぞう)(区指定文化財)や三代将軍徳川家光ゆかりの鷹居の松たかすえのまつなどが境内にあります。

弁天堂べんてんどうにまつられている恵比寿神えびすじん山手七福神(やまてしちふくじん)のひとつです。

また、境内裏手の墓地には、甘藷かんしょ栽培の奨励にあたった青木昆陽(あおきこんよう)の墓があります。

4 成就院じょうじゅいん(下目黒三丁目11番11号)

天安てんあん2年(858年)に慈覚大師(円仁)じかくだいし えんにんが開いたと言われています。

本尊の薬師如来やくしにょらい蓮華座れんげざを三匹のたこが支える珍しい姿であることから、蛸薬師たこやくしとも呼ばれています。

たこ薬師は病気除けとして、また「たこ」が「多幸たこう」に通じると信仰され、絵馬えまにもたこが描かれています。

また、二代将軍徳川秀忠の側室お静そくしつおしずが、わが子保科正之ほしなまさゆきの栄達を願い、大願成就して奉納したといわれるお静地蔵おしずじぞうがあります。

5 五百羅漢寺ごひゃくらかんじ(目黒区下目黒三丁目20番11号)

元禄げんろく8年(1695年)、本所(江東区大島)に鉄眼禅師てつげんぜんじが開いた寺です。

明治41年(1908年)に現在地に移り、今日では“目黒のらかんさん”として親しまれています。本尊の釈迦如来像と五百羅漢像(しゃかにょらいぞう と ごひゃくらかんぞう)などの305体の仏像が東京都有形文化財に指定されています。
境内には、移動劇団さくら隊が広島で原爆の犠牲となったことを悼んで徳川夢声らが建立した原爆殉難碑や、高浜虚子たかはまきょしの句碑、国の重要美術品の梵鐘ぼんしょうなどがあります。

6 海福寺かいふくじ(j目黒区下目黒三丁目20番9号)

黄檗宗開祖おうばくしゅうかいそ隠元禅師いんげんぜんじが、江戸初期に深川に開いた寺ですが、明治43年(1910年)に現在地に移転してきました。

山門の赤い四脚門(しきゃくもん)は、区の有形文化財に指定されています。本堂前には都指定有形文化財の梵鐘(ぼんしょう)、武田信玄ゆかりといわれる九重石塔、山門手前には都指定有形文化財文化四年永代橋崩落横死者供養塔及び石碑(ぶんかよねんえいたいばしほうらくおうししゃくようとうおよびせきひ)があります。

7 蟠龍寺ばんりゅうじ(目黒区下目黒三丁目4番4号)

目黒行人坂付近にあった称明院しょうみょういん宝永ほうえい6年(1709年)に現在地に移し、改名再建したのがはじまりです。

参道右手にある「不許辛肉酒入山門しんにくしゅ さんもんにいるをゆるさず」の結界石けっかいせきは、戒律を厳守する寺(律院りついん)だったことを示しています。

本尊の「木造阿弥陀如来坐像(もくぞうあみだにょらいざぞう)」は、東京都有形文化財に指定されています。また、本堂わきの岩屋には石造の弁財天べんざいてん、弁天堂には木造の弁財天べんざいてんがまつられ、山手七福神(やまてしちふくじん)に数えられています。境内にはそのほかに、おしろい地蔵などがあります。

8 大聖院だいしょういん(目黒区下目黒三丁目1番3号)

弘治こうじ3年(1557年)に開かれたと言われます。江戸時代は隣の大鳥神社おおとりじんじゃを管理する寺でした。

境内には、織部形おりべがた石灯篭いしどうろうが三基あり、切支丹灯篭きりしたんどうろうともよばれています。

これは、千代ヶ崎ちよがさき(現在の目黒区三田付近)にあった島原藩主松平主殿頭しまばらはんしゅまつだいらとのものかみ抱屋敷かかえやしきから移したものです。

9 大鳥神社おおとりじんじゃ(目黒区下目黒三丁目1番2号)

大同元年だいどうがんねん(806年)創建と伝えられ、目黒区内で最も古い神社です。

主祭神を日本武尊ヤマトタケルノミコトとし、国常立尊クニノトコタチノミコト弟橘媛命オトタチバナノヒメノミコトを合祀しています。

毎年9月の例大祭には太々神楽だいだいかぐら剣の舞つるぎのまい」が、11月の酉の市には太々神楽だいだいかぐら熊手の舞くまでのまい」が、神前で舞われます。

お問合せ

このページは、生涯学習課 文化財係が担当しています。

所在地 〒153-0061目黒区中目黒三丁目6番10号(めぐろ歴史資料館内)

電話 03-5722-9320

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