祐天上人墓 東京都指定文化財旧跡

更新日:2013年9月17日

祐天上人墓の写真
祐天上人墓

指定年月日

昭和30年3月28日

公開の有無

屋外

所在地

目黒区中目黒五丁目24番53号 祐天寺(ゆうてんじ)墓地内

交通

東急東横線祐天寺(ゆうてんじ)駅下車9分。または、

  • 東急バス渋71系統(渋谷駅東口から洗足駅)
  • 東急バス恵32系統(恵比寿駅から用賀駅)
  • 東急バス目06系統(目黒駅前から三軒茶屋駅)

の、いずれも祐天寺(ゆうてんじ)バス停下車4分

解説

祐天上人(ゆうてんしょうにん)は、江戸時代中期に活躍した浄土宗の高僧です。磐城(いわき)の国(福島県)に生まれました。増上寺で出家し、修行を深め学問に励みますが、引退して本所牛嶋にて、ひたすら念仏と名号書写(みょうごうしょしゃ)の日々を送りました。

元禄(げんろく)8年(1695年)桂昌院(けいしょういん)に法問(ほうもん)をおこなったところから、将軍綱吉との関係が深まります。
小石川伝通院(でんづういん)などの住持をへて、正徳(しょうとく)元年(1711年)将軍家宣(いえのぶ)より芝増上寺第三十六世大僧正に任じられ、享保(きょうほう)3年(1718年)82歳でなくなりました。

祐天寺は、弟子の祐海上人(ゆうかいしょうにん)が祐天上人の遺命により念仏道場を開き、祐天上人を開山と仰いで自らを二世としたことから始まります。廟墓(びょうぼ)は、無縫塔(むほうとう)といわれる形で、卵塔の部分は90センチメートルです。祐天寺墓地の中心をなしています。